
■ 佐倉市
佐倉の地名の由来には、いくつかの説があります。昔この地で生産された麻を朝廷に献上するための貯蔵庫があったことから、麻倉が転じて「さくら」になったという説と、清き倉があったことから、すがすがしさを増すために接頭語「さ」をつけて「さくら」と呼ぶようになったという説。どちらにせよ、この地で古くから人々が生活を営み、倉を建てて暮らしていたという様子がうかがえます。
江戸時代には佐倉藩11万石の城下町として栄えた土地。市内には、城下町のおもかげを感じさせる名所旧跡がいたるところに残っています。そのためか市内の地形も急勾配の坂が多く存在するなど、城下町ならではの特徴が見受けられます。かつては天守閣のある立派な城だったようですが、現在の佐倉城跡には当時を偲ぶ建造物は何も残っていません。しかし周辺の空き地は「城址公園」として整備され、城域内には日本で唯一の国立博物館である「国立歴史民族博物館」があり、見ごたえたっぷり名所となっています。さらに範囲を広げると、周辺には城下町の歴史を伝える武家屋敷なども健在。旧河原家、旧但馬家、旧武居家といった3棟の武家屋敷が、今でも趣深くたたずんでいます。
佐倉市は、印旛沼の南に広がる標高30メートル前後の台地と、そこにいたる傾斜地からなり、その間には大小の谷地が複雑に形成。北から南に向かって標高が高くなっていくため、市の北部にある印旛沼には、鹿島川や高崎川、小竹川などが注ぎ込んでいます。自然のなかで楽しく農業体験のできる「草ぶえの丘」やオランダ風車の見える「ふるさと広場」など、のどかな施設が親しまれているほか、春には歴史民族博物館での花見、夏には印旛沼での花火大会も楽しめます。市内の公園では蛍が見られることもあるとのこと。水や空気が澄んでいる証拠です。


